Planted Revolution Vol.4 狩野哲郎インタビュー

「芸術の使命は、自然を模倣することではなくて、自然を表現することである。」これは文豪バルザックの言葉。「Planted Revolution」では、花や樹木、植物などをモチーフや素材として用いているアーティストに、それぞれの自然観から作品作りについて語っていただく。第4弾は、自然の姿を切り取るのではなく、自然の営みそのものについて深い思考を巡らせるアーティストの狩野哲郎。自然を見つめ思考を逡巡する禅問答のような「何かについてのスタディ」を日々蓄積し、国内外のさまざまな場所に赴きプロジェクトを行う作家だ。現在は韓国の安養市にて「Seoksu Art Project(ソクスアートプロジェクト) 2010」滞在中とのことで、プロジェクトの話も交えメールによるインタビューを行った。(インタビューは8月に行なわれた)

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「発芽─雑草/Weeds」2006年、インスタレーション/ミクストメディア(種子、水)

狩野さんは、種子を会場に撒き育つ様子も含めたインスタレーションを行う「発芽―雑草/Weeds」や「庭」をテーマとした作品を発表されていますが、「種子」や「植物」を作品に取り入れようと思ったきっかけを教えてください。

大学時代に都市環境の勉強をしていて空間の機能や価値や意味について考えていたときに、人によって作られた空間は基本的に人のためのものであるという事実に対して、どうしてなんだろう、と何となしに疑問を抱いたのがはじまりです。例えば、建築とその使用者にとって雨漏りやひび割れなどは劣化でありネガティブな変化です。しかし、あるとき植物を見て、彼/彼女らにとってはポジティブな変化なのだなと思いました。種子や育ちゆく植物を扱った最初の作品は2004年に取手アートプロジェクトで発表しました。種子を和室の畳にまき、水をやり、育つのを見守るインスタレーション作品なのですが、最初から作品を作ろうとして彼/彼女らを取り入れたわけではありません。人間とは異なる、いわば完全なる他者である植物にその空間の機能や価値や意味を見せてもらいたかったのです。

「何かについてのスタディ」というのを続けてこられていますが、これはどんなプロジェクトなんでしょうか?

「何かについてのスタディ」というのは、作品の名前ではなくて、自分がすべての作品に向かう時のキーワードのようなものです。

絶対的に他者である植物や鳥の思考も身体感覚もトレースすることはできません。鳥が鳥目であること、鳥目を鳥の認識で確認することはできないけれど、想像してみることはできる。植物の、鳥の、その空間でのふるまいをじっと見ることによって。

名付けられてはいないけれど、素敵な雰囲気をもう一度思い出すための方法、あるいはその瞬間を目にするための方法を探すことはできます。合理的な方法ではたどりつく事が困難な、ものごとの素敵さを目にするために「何かについてのスタディ」を続けています。>

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「自然の設計/Naturplan」2010年
インスタレーション/ミクストメディア(種子、果実、鳥、水、園芸/農業/飼育用品など)

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このインスタレーションでは、ひとつの空間(庭)に対して、少なくとも3種類の価値基準を持った主体(植物、鳥、作家)があり、それぞれにとっての場の意味あるいは価値が並存しています。僕は鳥と植物の観察者であり、鳥は植物と僕の観察者である。そして植物は僕と鳥の観察者となります。

それぞれが感じる空間と時間のスケールは当然違うし、相互理解は不可能だと思われます。

観客はその空間の中にゲストとして入り込みながら、第4の視点を持って庭を眺めることになります。僕は新しい庭のための庭師のような存在なのだと思う。ひとつの場、あるいは事象に対して、すべての主体が決める価値や意味がそれぞれ違うことを織り込みながら、それぞれにとって素敵な瞬間がこの庭で出会うことを望んでいるのです。

© 2012 cat's forehead