COPA(こぱ)/ CONCENT LAN インタビュー
アートディレクター COPA。彼女の周りには、新進気鋭のアーティストやカメラマンなどが多く集まる。その印象からか、彼女が手がける作品やスタンスを「分かる人に分かる」とか、「ちょっと尖った感じ」という印象で受け取る人も多いかもしれない。主にファション、アート、音楽、映画など、サブカルチャー的な領域で、アートディレクションを手がけてきたという経歴もその要因のひとつかもしれない。 しかし最近の彼女の作品をよく見て、彼女の言葉に耳を傾けてみると、それは誤解だということに気付かされる。彼女の最近の仕事が「KARA」やAKB48から派生したユニット「Not yet(大島、指原、北原、横山)」など、国民的アイドルと呼ばれる、アイドルの中のアイドルたちのCDジャケットのアートワークだと聞いても、それは驚くことではない。アートディレクターとしての彼女のスタンスを知れば、きっとそれが自然の成り行きだと分かるはず。普段はメディアで発言することのない彼女に話を聞いた。
Not yet 「ペラペラペラオ」/日本コロムビア/2011
ずっとアイドルのアートワークをしたいって言っていたことがついに現実になりましたね。「KARA」にはじまり、今回は「Not yet」のCDジャケットを手がけられたわけですが、そもそもなぜアイドルだったんですか?AKBにしてもジャニーズにしても、ああいう人を熱狂させるカルチャーそのものが好きなんです。自分も熱狂するのが好きだし、熱狂してる人たちも好きだし。「聖子ちゃんが好き」って言ってる「おとこのこ」の感覚と一緒ですね(笑)。
ストリートカルチャーやファッションなど、これまでどちらかというとサブカルチャーやアート的なメディアでの仕事が多かった印象がありますが、アイドルってその対極、まさにメジャーですよね。デザインの志向が変わったんでしょうか?
変わってないと思います。ずっとファンタジックなものが好きっていうのはあったし、たぶんAKB48がやりたい、アイドルがやりたいというより、秋元康さんが作るものが好きとか、宮藤官九郎さんがつくるものが好きとか、作家の人たちがつくったカルチャーが好きなんだと思います。ジャニーズだったらジャニーさんがつくったカルチャーが好きとか。
具体的にはそういう人たちのつくる何に惹かれるんですか?
情熱。全然温度が違うじゃないですか、AKB48にしてもジャニーズにしても「真ん中で行こう」っていう感じが好きなのかもしれないです(笑)。
Not yetの『ペラペラペラオ』は具体的にどのようなプロセスで作られたんでしょうか?
初顔合わせの時に、秋元さんの歌詞の草稿を見ながら「秋元さんがこういう曲にしたい」ということだけを聞いたんですが、企画出しのスケジュールがかなりタイトだったので、その日の夜中にスタイリストを呼び出して食事しながら受けてもらえるか交渉をしつつ、事務所に戻ってそこから企画を考えて3パターン提案・・・みたいな感じでした(笑)。それぞれ、「月曜日」「水曜日」「日曜日」という企画で、この時点ではタイトルもフィックスしてなかったけど、内容が「カフェの店員に恋する声をかけられないもじもじした男の子の気持ち」を歌ったものなので、彼目線で彼が妄想している女の子たちを表現したものになってます。月曜日は、彼女が僕のためにコーヒーを入れてくれる妄想。水曜日は、バックヤードでまかないをみんなで楽しく飲んでるという妄想。日曜日は、お休みの日におめかしして彼女たちがどこか出かけているという妄想。全部『ペラペラペラオ』の妄想がビジュアルになっています。
他のCDジャケットの場合も同じように、楽曲をもらってから自分なりにストーリーや世界観を企画にしていくんですか?
同じですね。基本的に全部そういうやり方です。ストーリーそのもの自体が表に出ることはないけど、プレゼン段階では、必ずあります。どちらかというと、「企画屋」っぽい感覚でやってるかもしれないです。後付けでも、とりあえずストーリーがないとやりたくないというのがあって。PVを作る感覚に似てるのかもしれない。プロットを考えて、その背景にあるものを考えて。そういった母体が決まれば、例えばスタイリストに発注する時に「そのストーリーをベースにそこから読み取ってもらって作る」という一歩先のこともできるので。
自分ひとりではなく、スタッフのアイデアも融合していく?
写真のライティングがどうこうって具体的な指示をするというよりは、「こういうイメージと内容で、こういう風にしたいけど、どうですか?」って相手に投げかける感じです。
ストーリーのたて方に自分の癖はありますか? もしあるならアーティストや曲自体が毎回異なるわけですが、その場合自分の癖がはまらない時もあるのでは?
癖はあると思います。でも基本的にビジュアル作りの人間なので対応できるというか。ラッキーなのか、いままでストーリー作りで、はまらないということはなかったですね。アーティスト本人と会って話すし、汲み取るテクニックの方が強いのかも。ビジュアルに落とすというより、相手のやりたいことからストーリーを生み出していくので。

スガシカオ「FUNKAHOLiC magazine 2009」/Office Augusta/2009
スガシカオ「FUNKASTiC magazine 2010」/Office Augusta/2010
スガシカオ「FUNKASTiC magazine 2010」/Office Augusta/2010
当たり前のことかもしれませんが、アートディレクターという仕事は、自己表現とは違うということですか?
もちろん、それを一番に心がけています。スタイルを持たないということ。こういう感じだったらこの人にお願いしようとか、そういうスタイルの固定した人にはなりたいと思っていない。アーティストやミュージシャンが、前の時より売れたらいいなとか、評判良かったらいいなとか、そっちの方にまず考えが行きますね。
具体的なグラフィックデザインの話を聞きたいんですが、COPAさんのデザインは、この「Not yet」なんかは特にそうですが、どこかいい意味でのダサさ、ゆるさがあると思うんですが、その辺はどうですか?
そうじゃないですかね(笑)。まあ、ゆるくいたいとは思ってます。デザインの基盤となるグリッドシステムとかタイポグラフィに関しては、大学で専攻してたくらい好きなので、そこはずらしたくないけど、それがぱっと見でわからないくらいにしたいとは思ってます。ある程度のきっちりしたベースは外さず、メジャー感がないビジュアルづくりっていったら変だけど、そういう喜劇的な感じを心がけています。
絵づくりで美術セットを使ったものが多いようですが、こういったセットや空間を作っていくことは昔から好き?
それが好きなんです。それに気づくのにだいぶ時間がかかったけど、振り返って考えると確実に美術を毎回組んでますね。
それはいつ気づいたんですか?
本当にドンピシャの美術の仕事をして気づきました。テレビと舞台で、いわゆる美術の仕事をまるまる1年して、その時に「あ、美術が好きだったんだ」と実感しました。いままで全く経験のない図面を引くところからはじまって、それまではアーティストに頼んでいたものをいわゆる美術の業者さんにやってもらって、箱をすべて自分の作った世界で埋めるというのは、相当大きなインパクトがありました。 『タナゴコロッジ』『タナゴコロータス』(関西テレビ)という番組では、セットのモチーフすべてにストーリーがあって、「実はこの部屋は架空の世界で、一度出て戻ったら建物が無い」という設定だから、床を芝生にして花を咲かせてみたり。

「タナゴコロータス」/関西テレビ/2009
そういう設定もCOPAさんがすべて考えるんですか?
番組の指針は、総合演出がいるので決まってるけれど、それを聞いて美術のためのストーリを私が考えてデザインに落としていきます。置いてある小物のラベルとかも全部デザインしてます。テレビ番組で何が一番良かったって言うと、(他のメディアの仕事とは)バジェットが違うからアーティストにいろいろと頼めたこと。その時もセットやオープニングのムービーをKYOTARO、ウラタ※スパンコール、WHO YOUといった友人のアーティスト達に、ちゃんと予算のあるお仕事として頼めたことでストレスがなかったのがよかった。
アーティストをサポートしたいっていう話をよくしてますよね。
たぶんそれがやりたいから、この仕事を選んでるといっても過言じゃないです。そうじゃなければ、たぶん自分がアーティストになってると思います。たぶんその2つの選択肢でしょう、自分が役者になるか、誰かの黒子になるか。
テレビなんかは特にそうですが、ひとりで作るものではなく、美術、カメラマン、ディレクターなど、よりチームで作る感覚が強いですよね。学園祭に近いというか。自主企画で女の子のアーティストを集めて展覧会(「poussez gallery」:2003年Super Delax)を開催したりしてましたよね。
かなり学園祭で、そういうのが好きですね。あの企画(「poussez gallery」)は生意気からの依頼で。今思うと女の子のアーティストだけ集めて、なんだかんだでああいうメチャクチャなイベントがよくできたなと。もともと映画をやりたいとか、ギャラリーをしたいとか、学生的なノリはずっとあるので。誰かが作ったものを見るのが好きだし、アーティストが好きだから。カメラマンとかイラストレーターとか、そういう非凡な人たちが好きで関わりたいと思ってるから。
非凡な人と付き合いたいと思うのはなぜ?
憧れ? でも、限られた中での自分のインプットなんだと思います。やっぱり自分の先にあるところに行くには、誰かとやる方が絶対におもしろいし。自分がアーティストじゃないから、どっちかというとそのアーティストをお膳立てしたいというのがずっとあって。「じゃあこの子がトクになるように企画を組もう」とかで始まるんです。

poussez gallery/2003~2004
広告ではない仕事が多い気がしますけど、広告はやらないんですか?
最初の頃に代理店とものすごくもめてやらないって決めて(笑)。
(嘘です。やります!)
そのスタイルだと難しいというか、主旨が違いますもんね(笑)。アートディレクターの仕事は、商品そのものの良さを消費者に伝えることが仕事。でもさっきの話だとアーティストたちを表に出すことが優先されるから。
そんなことはないですよ、丸くなったから(笑)。ものすごく優しくなった、大人になった。最初は本当に生意気でモメることも多かったけど、今では全然変わりました。きちんと売れるものを創りたいと思ってるし、肯定から入らな(いといけない)と思ってるし(笑)。
昔は否定から?
否定から。否定から入って否定で終わるっていうスタイル、尾崎的な? その時はまさに「反骨」。でも大人になると、どっちかっていうと反対の立場に回るから、それでよくわかったっていうか。
だからアイドルの仕事ができたのかもしれないですね。反骨だと難しいですよね。
そうですね。労働時間的には過酷だけど、本当に楽しかったって最後に終われるようになったのはここ数年じゃないかな。やっぱりどこかで100%、150%のものから落としていくっていうことになると思うんですよ。妥協とは違うけど。それはたくさんの人が関わってるので仕方がないけど、人を説得しながらどこまで良いものに留めていくかが私の役割。でも結局は「なんかもういい子たちだからいい」とか、その中の人がどんだけ一生懸命関わってるかを、一番顕著に自分が感じられる立場にいるので、そういうことも汲めるような大人になりました(笑)。
言い切っちゃっていいんですか?
だって、デザインと全然関係ないところじゃないですか。でもそれも信念かなって。みんなの思いを汲み上げて、カタチにするのが私の仕事だから。10人関わっていたら10の意見がある。それをうまくテトリスみたいにはめていくことが仕事というなら、やってやろうじゃないかと。うまくできるようになった方だと思いますよ。
コミュニケーションの仕方が変わった?
変わったと思う。思うし、自分がほんの少し経験を積んだから、そこまで舐められないようになったっていうのもあるかもしれない。やっぱり若い時は頭ごなしに否定されたりしたことも。女の子だし。当時はナメられないために「打合せにヒゲのおっさん連れて行こう」っていう話を本当にしてたから(笑)。そういうのも含めて、「(当時は)周りの信頼できる人たちがアーティストだった」っていうのはあると思います。だから今は恩返しの時期に入ってるんだと思います。
Photos_ Akihisa Okumoto
Text_Yoshiyuki Ishii
COPA(こぱ) / CONCENT LAN
アートディレクター/グラフィックデザイナー
SEE GEE GEN、角田純一に師事。独立後、デザイン対策ユニットCONCENT LANを田中純子と結成。 2011年、田中純子は「普通の女の子にもどる」と宣言して脱退したため現在ソロ活動中。 ファッション、音楽、映画、文学、アートというカルチャー関連のデザインから美術デザインまで手がけるデザインスナイパー。
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