牧かほりのアトリエをゆく
西武百貨店 / ウィンドウディスプレイ (2010)彼女の作品スタイルの変遷を見れば、彼女がいかに新たな欲求に衝き動かされて来たのかが一目瞭然だろう。 僕が初めて彼女の作品と出会ったのは、彼女がまだ水彩の作品を描いていた頃だ。華やかでスタイリッシュな彼女の作品は、当然のごとく数多くのファッション誌に登場のチャンスを与えられていた。当時の話を切り出すと「最近はその時代のことを聞かれることなんてないよ」と笑いながらも、「当時はああいう絵が好きだったんですよ。おしゃれなカフェにスタイリッシュな女の人が座っているようなシチュエーションとか。でもだんだんとあのスタイルに興味を持てなくなってしまったんです。絵が上手くないとキツイんですよね。それに私よりもっと絵が上手い人がいっぱいいるから」と事も無げに答えた。いやいやご謙遜を。着実に洗練を重ねているし、今でも根強い人気があるスタイルなのだから。
『森をゆく』(gallery ROCKET, 2003)
『Le gout』(gallery ROCKET, 2004)そんな売れっ子のイラストレーターだった彼女が、個展『森をゆく』(2003)、『Le gout』(2004)を通じて立て続けに全く新しいスタイルの作品を発表する。 『森をゆく』ではマットな色面を大胆に用いた絵巻物のようなストーリー仕立てのインスタレーション、『Le gout』ではグラマラスな造形のフレーム(いや立体の作品だ)とのコラボレーションで、それまでの彼女の作風(またはイメージ)だけでなく、イラストレーションのプレゼンテーションにおける既成概念の殻を破った。
「空間が決まらないとアイディアが浮かばないし、絵も描けないんです。いっぱい絵を描いたので展覧会をしよう、という発想は一切ありません。『その空間に絵を飾りたい』というモチベーションから始まるので、例えば誰かに部屋に飾るため絵を描いて欲しいと頼まれても、実際にその人の家に行って壁を見ないと何を描いていいかわからないんですよね」
彼女がそう語るように、どちらの展示もギャラリーの空間を完全にコントロールしていたし、新作の数々は腕の良いテイラーが仕立てた服に袖を通していたように居心地良さそうに見えた。
『箱庭』(VOID+, 2005)『森をゆく』から二年後の2005年、彼女はVOID+の四方の壁を鉛筆で細密に描かれた作品で埋め尽くしたインスタレーション『箱庭』を発表する。 「すごく時間がかかるヨーロッパの図鑑みたいなことをやりたいと思ったんですよね。そして展覧会場があまりにも小さいスペースだったので、これは壁床天井を絵で包むような演出をし、その上から原画を飾っていく方がおもしろいんじゃないかと思ったんです」。言うのは簡単だが、実現するのは(もちろん)簡単なことではない。
2005年当時のノートPCのスペックでは無理もないが、彼女の気迫がITのセオリーを打ち破ったのだろう。クラッシュしたPCのデータは不死鳥のごとくハードディスクから蘇り、圧倒的に濃密な空間『箱庭』は完成した。そしてこのインスタレーションは海外でも大きな反響を呼ぶ。牧かほりは不死鳥とともに『箱庭』の外に広がる大きな世界へと軽やかに飛び出したのだ。
「描いたものがプロダクツになったり、映像になったり、空間になることに興味が有るんです。絵がいろんな形に変化してみんなに伝わるのが楽しいんです」彼女のこの言葉が、現状に決して満足せず新たなチャレンジを続ける原動力になっているのだと、今では肌触りがわかるほどリアルに感じられる。何より彼女はフィジカルに行動する人なのだ。例えそれが「暗闇の中でぼんやりと光る何か」を目指していたとしても。 彼女に近況を尋ねたところ「一枚の絵から立ち上がるプロダクツ」というコンセプトで自身のブランドを立ち上げようと画策しているかと思えば、ベネツィア・ビエンナーレを訪れたついでにフランスの小学校に立ち寄って子供たちを相手にワークショップを行い、その一方で文化服装学院での講義を週に4コマ受け持ちながら「学生のためにもっと良い授業ができないか」と頭を悩ませている。もちろん毎日絵を描いてもいる。没頭し過ぎていつの間にか絵を描きながら机で寝てしまうほどに。
Text_Kenji Mori (BUILDING)
牧かほり
1969年生まれ。92年日本大学芸術学部卒業後、渡米(NY)。94年帰国後、フリーランスのイラストレーターになる。比類なき世界観を構築する圧倒的なセンスと技量が高く評価され、ハイファッションから空間演出、映像にいたる様々な分野でコラボレーションを実現。
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